まほろば日記
いにしえより伝えられて来た、しきしまのやまとの暮らしぶりをお伝えして行きたいと思います。
今日は夏越の大祓い
 きょうは6月30日、今年も半年が過ぎ、大祓いの日となりました。神社では茅の輪をくぐって、半年の厄を落としあと半年の無事を祈る行事が行はれています。

 また人型に名前や数え年を書いて、体の弱い部分を人型に移すようになで、また息を吹きかけてその人型を神社に収めたり、お焚き上げして厄落としをします。昔は宮中のみで行はれていたようですが、現在では全国の神社で親しく行はれています。

 迷信だといって信じない人も多いでしょうが、心の垢をきれいにして、すがすがしい気持ちでがんばりましょうということではないでしょうか。今は医療が進み、夏を越すのは難しいことではなくなりましたが、ほんの100年前までは無事に夏の暑さを越すという事は大変なことであったと想像がつきます。

 また、厄を落として七夕に短冊にお願い事を書き、ささの葉に結びつける。何となくつじつまが合うような気がしますね。あわただしい日々の生活の中、ちょっと立ち止まって夏の初めのこんな行事に心を留めてみるのもいいことではありませんか。
青葉の季節
 5月22日は『小満』。あまり耳なれない言葉です。24節気のひとつ。春に芽生えた若葉が、一応の大きさまで伸びた頃、という意味。

 冬の間、じっと我慢していた木々が春とともに一気に芽を出し、伸び、青葉に成長する。本当に気持ちの芽も出そうな季節です。こんな微妙な季節の移ろいにまで、名前を付けたなんて本当に日本人は繊細な民族です。というより、民族でしたと言った方が、正確です。

 我が家でも、伸びきった庭木の剪定をきのうやりました。紫外線もなんのその。伸びた髪の毛を散髪するように、脚立に乗って切り揃えていきます。高所恐怖症の私としては冷や汗をかきながらも、ちょっと高いところから、庭を眺めてみると、何となく別の風景のように感じました。

 折りしも、四川大地震がおこり、大変な被害が出ています。テレビで見ていても気の毒になります。でも、テレビに映し出される四川の風景は、茶色い印象です。地震の影響もあるでしょうが、土色の山や土地が多く、春から夏に向かう日本の緑色の季節とは全く違います。

 緑が少ないことと、地震の被害の因果関係はわかりませんが、急激な変化が自然に与えた影響は少なくはないと思います。

 自然とともに生きることを大切に守ってきた日本の祖先の心をよみがえらせ、次の世代に伝えていく責任を感じます。

 近くの里山の棚田に水が張られ、田植えの時を今か今かと待っていました。我が家では、そろそろ梅漬けの準備を始めます。
今日は八十八夜です。
 今日は八十八夜。立春から八十八日目。肌寒かった立春から、桜の季節を経て、なんだか汗ばむ今日このごろです。
 “夏も近づく八十八夜・・・”と歌われてきたとうり、今日はお茶の初摘みの日です。今日摘まれたお茶は、1番茶。そして、夏に向けてさまざまな種が蒔かれるひでもあります。
 稲作・農耕を生活や文化の中心において生きてきた日本人にとっては大事な日です。それをのどかな茶摘歌にして伝えてきた祖先のこころは素敵ですよね。

 わたしは今日大学生になった娘に誘われて、上野の国立博物館で行われている、薬師寺展に行ってきました。
 すごい人出で、ゆっくり見ていられる雰囲気ではなかったのですが、やはり日光菩薩様、月光菩薩様はなんともいえず、その前で拝んでしまいました。何の解説も必要ありません。
 日本人であれば、何かを感じるのではないでしょうか。テレビや新聞などで宣伝してるせいで大勢の人が繰り出したのでしょうが、心のどこかに癒しや精神性のものに触れたいという欲求があるのではないかと思いました。
 娘も神妙な面持ちで見入ってました。人ごみが大嫌いな娘なのですが、出口まできてもう一回見たいくらいだと言っていました。超現代っ子の娘のこころに、菩薩様は何を語りかけて下さったのでしょうか。1300年数しれず人々を救ってこられたそのお姿は、不動の力を宿しているように感じました。
 本物を直に見るということは、大事なことですね。とくに、子供の教育には。
 

実りの秋
 十月も半ばとなりました。日本の秋は、実りの秋。きのこや栗、柿に早生のみかん、さんま等々。なんと言っても新米が美味しいですよね。

 折しも今日は『世界食料デー』だそうです。先日娘が高校の英語の教材で、次のような文章を見せてくれました。

 「ヨーロッパ人とアメリカ人を合わせると、ペットフードに170億ドル使っている。もしこの金があれば、世界のすべての人々に基本的な栄養と教育を与えることができる。しかも40億ドルも残るのである。」(国連人間開発報告書より)

 この報告書がどの程度信用できるのか、また何を示唆しているのかはわからないが、世界の中で極端な飽食と饑餓が進行していることは確かです。

 余談ですが、昨年の日本の新生児の数はペットの数を下回ったそうです。テレビのコマーシャルでペットフードの前に‘グルメ’という修飾語が付くのは、いかにもおかしくないですか。また、‘大食いタレント’が異常な量の食事を平らげ、それを見て大喜びする番組が多すぎませんか。呆れて言葉がありません。

 日本の食料自給率は39パーセントで、先進国中最低。日本は国防のみならず食料までも人任せにする、情けない国になってしまいました。大食いと最低の食料自給、究極のアンバランスに皆気づいてないのでしょうか。まさに砂上の飽食。

 明日は、伊勢神宮で『神嘗祭』が執り行われます。今年の初穂を天照大神に捧げ、豊作に感謝します。ずっと昔から行われてきました。米には八十八の神様が宿っているから、一粒たりとも無駄にしてはいけないと、私たちの祖先は言い伝えてくれました。その心を毎年思い出しなさいと言われている気がします。とても大事なお祭りです。

 日本は多くの食べ物を外国から輸入していますが、食べ物に対するその心は、胸を張って外国に輸出していいと思います。 
緑を潤す春雨
今日から5月。萌え出ずる青葉の季節になりました。

春の天気は変わりやすく、晴天の夏日かと思えば、雨天の肌寒い日とそういうサイクルが交互にやってきます。

カレンダーを見ると、4月20日のところに『耕雨』と見慣れない文字がありました。読んで字の通り『耕す雨』なのです。つまりこの時期の雨は、木々の緑にとりまさに恵みの雨なのです。

人間は「あーあ、今日は雨か」と言っていますが、目を外に転じれば木々の緑は生き生きとしています。また、雨上がりの緑はすばらしく、陽光に輝くばかりです。若葉がぐんぐん成長していく様が見えるようです。また、大事な田植への準備の雨なのですね。

この時期の雨を『耕雨』と名づけた先人はすごい。自然との共生というか、感謝の心からでてくる言葉なのでしょうか。

桜の時期は過ぎましたが、桜の時期に降る雨を表した言葉も幾通りもあります。自然と感性と言葉が一体となって成り立ってきた、これが日本文化なんですね。

窓の外で木々を潤す雨をながめながら。


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