まほろば日記
いにしえより伝えられて来た、しきしまのやまとの暮らしぶりをお伝えして行きたいと思います。
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こんにちは 赤ちゃん
わたしの妹が赤ちゃんを産みました。12月24日クリスマスイブです。女の子でした。サンタさんからのビッグなビッグなプレゼントでした。妹一家はもちろん、親戚中がしあわせにつつまれました。赤ちゃんはすごい。

驚くことに、妹は現在46歳。2人目の出産なのですが、妊娠がわかった時は、さすがに驚きの色を隠せなかったそうです。長女の出産から11年も経っているのです。超高齢出産。

長女は小学6年生、当初は随分抵抗したそうですが、その日の夕方から家事を手伝うようになったそうです。その日からお姉ちゃんになったのですね。妹の主人は、老後の計画を大幅に修正する羽目になり、お陰で幾分若返ったそうです。

妹一家に幸せ革命をもたらした、赤ちゃんは何も知らずに、すやすやと眠っていることでしょう。

出生率が減少し続ける日本。こどもを産むことに価値を見出せなくなった女性達。価値の多様化と自由選択ができるようになった分、とびっきりの幸せに出会いにくくなったのかもしれません。

写メールで送ってきた、ニューフェースの顔に見とれながら、生まれてきてくれたことに感謝しました。
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歳時記
明日は冬至です。24節気最後の節会です。スーパーで並ぶ“柚子”や“かぼちゃ”の棚に書いてある文字で「ああ、今日は冬至なんだ」と気ずくくらい、日常生活の中では遠い存在になっています。

冬至の日は昼間の時間が最も短くなる日です。だから、冬至の日の後は、次第に太陽が光や熱を増してきます。1年の中で陰極まった日(冬至の日)の翌日、陽が萌えてくる。つまり、冬至は陽がきざす一陽来復の日として受け止められてきました。

洋の東西を問わず、古代においては、太陽の光や熱は人々にとって、とても大切なものだったと思います。農耕生活を左右するからです。

クリスマスの起源も冬至の一陽来復にあると言われています。キリストの生誕を、太陽の復活に重ね合せたのでしょう。古代の人々にとり、太陽は信仰の対象だったのでしょう。

日本でも、皇祖神、天照大神の天の岩戸隠れから、岩戸開きの神話はとても有名な神話です。これは、天照大神つまり太陽神の復活を示す神話でしょう。娘が幼いころ、神話の絵本を寝しなに読み聞かせると、岩戸開きのところで大喜びしていたのを、よく覚えています。

代々のご皇室は、熱心にお祭りを斎行されてきました。その対象は天照大神です。現代文明に生きる私たちは、自然の恩恵に対して鈍感になっています。しかし、今でも、昔と全く変わりなく、自然の恩恵に感謝し、国民の安寧を祈っておられるのが、日本の皇室なのです。

冬至の日、我が家の庭の山桜に、新芽がふくらんでいます。寒風の中、木々はもう春の準備を始めています。私たちも、体の中に自然と生きる感覚を取り戻せたらと思います。





坂東眞理子 「女帝」を語る
12月14日 読売新聞 夕刊より

旧総理府で、男女共同参画室の初代室長として、参画事業を推進してきた坂東氏は、「今回の『皇室典範に関する有識者会議』の報告書は画期的な意味を持つ」と諸手をあげて歓迎しています。

2003年、女子差別撤廃条約が国連で審議された際、外国の委員から「日本の皇位継承権が男子に限定されているのは条約違反ではないか」との意見が上がり、内心じくじたるたるものがあったとのこと。皇室典範が報告書の通り決まれば、「今後は国連の場で胸を張って日本は変わったと言うことができます。」と述べています。これは、本当に由々しきことです。

また、「報告書は世間の常識を一歩リードし、一般社会に与える影響は小さくない」、と述べている。さらに、「民主主義の世の中になって半世紀以上たった現在でも、家庭や社会慣行において真の男女平等が実現されているとは言い難い。夫婦別姓の問題も根は同じです。」と指摘する。つまり、重要なことは、皇室のありようではなく、男女平等の社会の実現のために皇室が改革されるべきだということです。

最後に、「日本にはいまだに男尊女卑的風潮が残っている、女性・女系天皇が実現したおりには、変化が起ることを期待しています。」と結んでいます。

この結論は、飛躍したもののように思われますが、案外、氏の言う通り、皇室典範改革は良かれ悪しかれ、一般社会に大きな影響を与えてしまうと思われます。この記事をよんで、この度の有識者会議の結論が、いかに大きな社会的問題を含んでいるものかと言うことが、よくわかりました。反面教師ということです。
有史以来、男系の伝統を変えなかったのは、皇室だけではなく、日本の社会全体にとって、いかに重要なことだったか推測されます。であれば尚更、拙速は決してするべきではありません。










皇太子妃 雅子妃殿下 お誕生日 お慶び申し上げます。
本日12月9日は、雅子妃殿下の42歳のお誕生日をお迎えになられました。朝刊に発表されたご所感に次のくだりがありました。
「今年の誕生日をこうして無事に迎えることができますことをたいへんありがたく思っております。」ご所感の冒頭です。
このお言葉に触れたとき、胸がつまるような思いになりました。そして、ご文章全体が、私たち国民に語りかけておられるような自然さを感じました。

卑近な例で大変失礼なのですが、私は今、交通事故でのけがの治療中なのです。健康を失ってはじめて分かること、同じように辛い思いをしている人への同情心、など体がストップしている間、心がたくさん動き、心の世界がひろがったように思います。

妃殿下は、将来皇后というお立場に立たれます。皇后というご存在は、国民にとり母のようなものだといはれてきました。事実、歴代の皇后さまはご慈悲そのものご事跡をのこされておられます。
現在の皇后さまが、お心を尽しておられる、赤十字のご事業も、その精神は古く、光明皇后の『悲田院・施薬院』(730年)に通じるのです。

雅子妃殿下は、心の体験を積み重ねられることにより、歴代の皇后様のご慈悲の精神につらなっていかれるのではないかと、私には思われてなりません。

私たちも、苦しい環境から逃げるのではなく、その環境から多くを学び、よりよく生きる努力をしなければならないと思います。日本の皇室と国民のつながりは、合わせ鏡のような気がします。

妃殿下のご快癒を心よりお祈り申し上げます。
大東亜戦争 開戦記念日 続きです
ブログ初心者のため、《続きを読む》の設定がうまくいきませず、申し訳ありません。よろしく、お付き合いください。

与謝野晶子
水軍の大尉となりてわが四郎み軍(いくさ)に征く猛く戦へ

この歌は晩年の作で、作者の四男、イクが東京帝国大学工学部から海軍に入り、大東亜戦争に赴いたときの歌である。「水軍」も「みいくさ」も日本古来からの言葉であって、武人としての栄えあるわが子の門出に万感の母の思いをこめた歌えある。
晶子といえば、処女歌集『みだれ髪』に見られる奔放な「情熱」と、日露戦争に出征した弟をうたった詩「君死にたまふことなかれ」の反戦のイメージが定着しているが、この歌は国の命にまっすぐにつながる堂々とした詠みぶりであり、反戦詩人といった浅薄なレッテルをはねかえす。

吉田房雄
山桜花もろともに散り果てしみ祖(おや)のいのちなつかしきかな

作者は茨城県出身。昭和16年、東京帝国大学法学部中退。17年2月、応召、19年3月17日、ニューギニア北方アドミラルテー諸島において戦死。陸軍中尉、29歳。
歌は宇都宮部隊に入隊直後の17年1月29日、先輩に宛てた手紙の中の1首。日米開戦の直後である。《中略》「散る」という言葉にはわが祖国の歴史に参加し共感するという思いがこもる。「なつかしきかな」は、そのみ祖の命に帰ってゆくことは懐かしいとさえ思われることだとの意。
その手紙はこう結ばれている。「万感交々胸中を去来しまして言葉もございません。元気にやってきます。」内地に残って、戦陣に立つ以上のご苦労をなさるであろう先輩に、祈りをこめて遺した歌である。

(「名歌でたどる日本の心」国民文化研究会より引用)


大東亜戦争 開戦記念日 に寄せて
本日 12月8日は大東亜戦争の開戦記念日です。師走の慌ただしさもあり、ほとんどの日本人は気に留めることもなく、過ごし去っています。でも、実はとても大事な日だと私は思います。その歴史事実を正しく理解できなくても、当時の日本人がどのような気持ちで、立ち向かおうとしたのか、知ることは大切な事だと思います。 二首の和歌を通して、当時を偲んでみたいと思います。
この二首の和歌及び解説を、『名歌でたどる日本の心』(国民文化研究会・小柳陽太郎編)よりの引用とさせて頂きました。


水軍の大尉となりてわが四郎み軍(いくさ)に征く猛く戦へ
与謝野晶子
山桜花もろともに散り果てしみ祖(おや)のいのちなつかしきかな
吉田房雄
続きます。
「三歳児神話」 続き
古来日本では、新生児が七歳を迎えるまで、とても大事な時期として、親が、特に母親が、充分見守り、慈しみ育ててきました。それを七五三参りという行事として、習慣化していったのです。

七五三参りは、三歳・五歳の節目に、子の成長を祈り、七歳を迎えると、神への感謝とともに、晴れて世間に、わが子のお披露目をしました。よくぞここまで成長してくれたということでしょう。

医療が整のはない時代だったということは勿論ですが、体の成長だけではなく、心と体のバランスのとれた成長のために、乳幼児期をとても大事な時期と捉えていたのではないでしょうか。

医療が進んだ現代に、体は大きくなっても、心の成長が伴わず、大人になってしまっている若者が社会問題となっています。

文科省・検討会委員で脳科学者の沢口俊之北大教授は、「少なくとも生後八歳くらいまでは、母親は家にいること、そして適切で豊かな愛情を注ぎ続けてほしい」と述べています。

昔の日本人が、普通にもっていた、子育てに対する感性や親から受け継いだ教訓を、無くしている現代人にとり、沢口先生の先端脳科学は、大切な警鐘に思えます。
文科省 乳幼児期における母性の大切さ 報告
平成10年厚生省が発表した、「3歳児神話には合理的根拠はない」という報告は、その後、学者やフェミニスト達にいいように利用されてきた。そして、女性の社会進出の邪魔とみなされてきた育児を、無制限に社会化しようという動きが進んできたのです。
ところが、『3歳児神話』に合理的根拠があったのです。脳科学の観点から、「適切な情動の発達については、三歳くらいまでに母親をはじめとした家族からの愛情を受け、安定した情緒を育て、その上に発展させていくことが望ましいと思われる。」 と,文科省の検討会が発表したのです。(平成17年10月)
これからの、子育て行政や、母親の子育て観にとり、歓迎すべき発表だと思います。ぜひ、家庭科教科書や保育行政に反映させてほしいものです。

次回に続く 『三才児神話』




はじめまして
倭は 国のまほろば たたなつく青垣 山隠れる 倭しうるはし

この和歌は、古代の英雄、日本武尊〈ヤマトタケルノミコト〉(第12代・景行天皇の皇子)が詠まれた和歌です。日本武尊といえば、弟橘姫〈オトタチバナヒメ〉との伝説で知られています。
遠く九州での熊襲征伐の後、東国遠征、北方遠征と連戦される中で、満身創痍、倭〈ヤマト〉を目前にして生涯を閉じられます。その折詠まれたのが、冒頭のお歌です。
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