まほろば日記
いにしえより伝えられて来た、しきしまのやまとの暮らしぶりをお伝えして行きたいと思います。
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東北地震
 6月14日に起きた、宮城・岩手の地震は大規模で、倒壊した建物の規模は小さいものの、山を切裂く程の地滑りの跡は恐ろしいものがありました。テレビが捉える映像のほとんどが山の被害の様子です。

 第59回「全国植樹祭」が秋田で行はれ、両陛下は予定通りに秋田県入りされたそうです。新聞報道によると、通常行はれる羽田や秋田空港での送迎は簡素化された。つまり、陛下のご意向で要人は災害対策を優先させることになったそうです。両陛下の通常の県ご訪問は主な行事に伴い様々な施設をお回りになるというものらしいが、今回は殆どを取りやめられ、代わりに県担当者から地震の被災状況の説明を聞かれたと言う。

 「全国植樹祭」当日は、陛下は挨拶のなかで、震災に触れられ「行方不明になった人々が、速やかに救出されるよう念じており、遺族や災害を受けた人々の悲しみや苦労に、深く思いを致しております。一刻も早く、人々の生活の平安が取り戻されることを願っております」と述べられました。被災者へのお心が痛いほど伝わります。

 また、現在の林業が抱える高齢化の状況に関連して、井出道雄林野庁長官に対し、「あのような事故は、山が荒れているから起きるのですか」と質問されそうです。これはとても本質的な問題をご指摘されたものと感じました。
 
 戦後荒廃した国土を甦らせたいとの、昭和天皇の強い願いで始められた「植樹祭」が今上天皇に受け継がれ、敗戦で焦土になった国土が、緑の国土に甦った。しかし、高度成長により経済活動に躍起になり、国の基本である農業や林業がおろそかになった。林業が廃れると農業がだめになり、農業がだめになると漁業がだめになる。林業と農業と漁業は深く関わりあい、国土を守ってきた。この循環が狂うと、地震や旱魃に弱い国土になってしまうのでしょう。

 日本における環境問題は、林業、農業、漁業の正常な循環を取り戻すことに基本があると思えます。そのことを陛下のお言葉で考えさせられました。そのことに気づき政策に反映させる政治家が出てきてほしいと思いました。

 
 
「戦争と女性への暴力」日本ネット…最高裁で敗訴
 ことの発端は2001年、NHKで放送された「問われる戦時性暴力」の放送内容が、情報提供した「戦争と女性への暴力」日本ネット(バウネット)の期待通りに放送されなかった事を不服として起こされた裁判が、最高裁で原告敗訴という結果に終わった。

 削除されたのが、いわゆる「従軍慰安婦」問題を裁く「女性国際戦犯法廷」で、国と昭和天皇にその歴史的責任があるとした判決の場面である。
 
 今回の最高裁の判決、つまり原告敗訴の理由は、報道による「編集の自由」を尊重するというものだ。高裁の判決を逆転させた、原告敗訴は喜ばしいものだが、番組改編という表面的な理由には違和感が残る。
 
 そもそも、バウネットといういかがわしい団体が取材した、「女性国際戦犯法廷」といういかがわしい材料をテレビで流そうとしたNHKの報道姿勢に最大の問題がある。戦争から何十年も経ってから、政治的に作られた「従軍慰安婦」という言葉は、真偽の程も決着していない事柄である。それを当然の様に論じ、当然の様に報道する。これは歴史への冒涜である。

 また、番組改編に中川昭一議員と安倍前総理の圧力があったと、見てきたような報道をした、朝日新聞は今後どうなさるのでしょうか。この議員関与に関しては、高裁・最高裁でも全くその関与を認めなかったのだ。朝日新聞さま、報道の良心を示してください。
ネパールの元国王、宮廷退去
 国民の選挙により王制が廃止され、共和制となったネパールで、ギャネンドラ元国王が、王宮を退去することになったと、今日の新聞にあった。今後は別荘で一国民として生活されるそうだが、そのことにすら、一部の国民は反対し、デモをしているという。

 2001年に起きた王宮銃撃事件が直接の原因と言われている。その真偽は私には分からないが、王制打倒の選挙を強く推進したのが、毛沢東派の共産党であることを聞けば、何となく嫌な気持ちになる。そもそも共産党の存立の意味は、文化や伝統を中心的に担いまた守る使命を帯びる王室や皇室をなくすことである。
 
 文化や伝統は作り出すのは、気の遠くなるほどの時間がかかるが、無くすのは一瞬だ。それを考えると、日本の皇室は2千年以上の歴史を持つ。これは奇跡に近い。歴代の天皇陛下の並々ならぬ祈りとご努力、皇室を中心に国を守ってきた先人の営みが、2千年続いてきたと言うことでしょう。言うのは簡単だけれど、大変なことだ。それは世界中を見渡せばよく分かる。
 
 2千年伝えられてきた私達の宝を、なんとしても守っていかないといけないと、今日のネパールの記事を読んで思いました。

 
青葉の季節
 5月22日は『小満』。あまり耳なれない言葉です。24節気のひとつ。春に芽生えた若葉が、一応の大きさまで伸びた頃、という意味。

 冬の間、じっと我慢していた木々が春とともに一気に芽を出し、伸び、青葉に成長する。本当に気持ちの芽も出そうな季節です。こんな微妙な季節の移ろいにまで、名前を付けたなんて本当に日本人は繊細な民族です。というより、民族でしたと言った方が、正確です。

 我が家でも、伸びきった庭木の剪定をきのうやりました。紫外線もなんのその。伸びた髪の毛を散髪するように、脚立に乗って切り揃えていきます。高所恐怖症の私としては冷や汗をかきながらも、ちょっと高いところから、庭を眺めてみると、何となく別の風景のように感じました。

 折りしも、四川大地震がおこり、大変な被害が出ています。テレビで見ていても気の毒になります。でも、テレビに映し出される四川の風景は、茶色い印象です。地震の影響もあるでしょうが、土色の山や土地が多く、春から夏に向かう日本の緑色の季節とは全く違います。

 緑が少ないことと、地震の被害の因果関係はわかりませんが、急激な変化が自然に与えた影響は少なくはないと思います。

 自然とともに生きることを大切に守ってきた日本の祖先の心をよみがえらせ、次の世代に伝えていく責任を感じます。

 近くの里山の棚田に水が張られ、田植えの時を今か今かと待っていました。我が家では、そろそろ梅漬けの準備を始めます。
今日は八十八夜です。
 今日は八十八夜。立春から八十八日目。肌寒かった立春から、桜の季節を経て、なんだか汗ばむ今日このごろです。
 “夏も近づく八十八夜・・・”と歌われてきたとうり、今日はお茶の初摘みの日です。今日摘まれたお茶は、1番茶。そして、夏に向けてさまざまな種が蒔かれるひでもあります。
 稲作・農耕を生活や文化の中心において生きてきた日本人にとっては大事な日です。それをのどかな茶摘歌にして伝えてきた祖先のこころは素敵ですよね。

 わたしは今日大学生になった娘に誘われて、上野の国立博物館で行われている、薬師寺展に行ってきました。
 すごい人出で、ゆっくり見ていられる雰囲気ではなかったのですが、やはり日光菩薩様、月光菩薩様はなんともいえず、その前で拝んでしまいました。何の解説も必要ありません。
 日本人であれば、何かを感じるのではないでしょうか。テレビや新聞などで宣伝してるせいで大勢の人が繰り出したのでしょうが、心のどこかに癒しや精神性のものに触れたいという欲求があるのではないかと思いました。
 娘も神妙な面持ちで見入ってました。人ごみが大嫌いな娘なのですが、出口まできてもう一回見たいくらいだと言っていました。超現代っ子の娘のこころに、菩薩様は何を語りかけて下さったのでしょうか。1300年数しれず人々を救ってこられたそのお姿は、不動の力を宿しているように感じました。
 本物を直に見るということは、大事なことですね。とくに、子供の教育には。
 



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